コラム「あらためて、「女子教育」とは。」
カテゴリー:コラム  2015/01/13

斉藤 小百合
恵泉女学園大学

 わたしは多摩市にある女子大学で、日本国憲法を中心に、学び、教えています。研究者として歩み始めた当初は「憲法学研究者」という意識がそれなりにありましたが、比較的最近は、教育、特に女子教育に携わっていることの責任をより重く意識するようになりました。そこで、当会の名称にある「法律家」として当会の会員に連ならせていただくことに、若干の躊躇がないではない、というところなのですが、今年度の総会記念講演での田中優子法政大学総長のお話に励まされて、自分が成長するチャンスと考えるようになりました。

 ところで、17歳のマララ・ユスフザイさんが、今年度のノーベル平和賞を受賞しました。パキスタンで女子が教育を受ける権利を訴えてきた彼女が、2012年10月にイスラム過激派組織に銃撃されて重傷を負った際には、大変ショックを受けました。危険にさらされながらも、過酷な環境で主張を続ける彼女が生きる世界は、現れ方は違うけれども、日本の女子が置かれる状況にも通底しているのではないでしょうか。「子どもの貧困対策法」は制定されたものの、対策は端緒についたばかりであり、むしろ、子どもの相対的貧困率の高さを裏付けるような事象が目につきます。

 「女子高校生サポートセンター/一般社団法人Colabo」を立ち上げた代表の仁藤夢乃さんは、著書『難民高校生』で、自身も「月に25日は渋谷で過ごす」という、居場所や関係性を失った高校生だったといいます。家庭と学校を往復するのが生活の柱となっているのが、一般的な高校生の日常だろう。そのような若年者は一般的に、自身の数十年前を思い起こすまでもなく、限られた関係性しか形成できないもので、家庭や学校での関係性が何らかのきっかけで崩れると、そのことで一切の居場所の喪失につながってしまう。一見すると、モノにあふれ、華やかで豊かな日本社会に生きる女子も、「マララさんと連帯」する内在的な契機があるのだと思います。と同時に、彼女たちから、「日本に憲法なんてあるの?」という問いを突き付けられていると痛感します。

 私が勤務する女子大学は、新渡戸稲造に学んだ河井道というクリスチャンの女性が、1929年に創設した女学校に始まり、現在は、中学・高等学校と四年制大学があります。当時の日本は軍国主義を強め、戦争へとひた走っていたわけですが、河井は国家主義的な教育介入に抗いながら女子教育に取り組み、教え子である女子学生たちに自立を促し、「女が結婚することを、あの人はお片づきになったなんて、そんなのは駄目です。結婚しようがしまいが、自分の足できちんとお歩きなさい」と伝えていたといいます。そうした志に連なって、「個人の尊厳」が脅かされていることに敏感であるよう、学生たちとともに学んでいるところです。