コラム「子どもは性アイデンティティをどのように形成するのか−フランスにおける同性婚法をめぐる精神分析医の議論から−」
カテゴリー:コラム  2014/11/05

建石 真公子(法政大学)

 フランスでは、昨年(2013年)5月、同性間の結婚を認める法律が施行された。この法律は「Mariage pour tous(すべての人に対する結婚)」法と呼ばれている。

 同性婚法の制定は、2012年にオランド大統領が選挙で選ばれた時の「公約」の一つだが、フランス社会を二分しての大きな議論となった。現在もまだしずまっていない。

2013年1月27日、同性婚法の国会審議中の時期の同性婚賛成のデモ。
2013年1月27日、同性婚法の国会審議中の時期の同性婚賛成のデモ(Le Figaro、電子版)。

2014年10月5日、同性婚カップルへの生殖補助医療・代理母の実施(案)に反対するデモ。
2014年10月5日、同性婚カップルへの生殖補助医療・代理母の実施(案)に反対するデモ(Le Parisien、電子版)。

 フランスは、1970年代まで、父権の強い伝統的な家族法で有名だった。しかし、1960年代末から1970年代の文化改革やフェミニズム運動の影響で、父権の廃止、婚外子差別の廃止(親のどちらかが既婚の場合を除く)、婚姻と事実婚の格差の縮小などの法改正が急激に行われ、現在は婚姻しない事実婚のカップルが多いこと、出生率の高いことで知られている。また、1999年にはパックス(PACS)法が制定され、婚姻に似た法的保護を受ける共同生活が、異性・同性を問わず二人の成人の契約として成立することが可能となった。同性カップルにも、カップルとしての法的な保護や社会的承認が実現したのである。パックスは、婚姻・離婚が煩雑ではないので異性カップルにも人気である。2011年の仏国立統計経済研究所『家族・住居に関する調査』では、法的に登録された全カップルのうち、婚姻が73.1%、ユニオン・リーブル(内縁)が22.6%、パックスは4.3%となっている。

 すでにパックス法があるのに、なぜ同性婚法が必要だったのか。2013年の法律の制定では、婚姻の可否と同時に、同性カップルが子供をもつこと(養子、または生殖補助医療により)も争点となっていた。フランスの養子制度は、夫婦以外にも、単身者の養子を認めている。そのため、同性カップルの一人が独身者として養子をすることはこれまでも可能であった。特に、2008年に同性カップルの一人による(独身者としての)養子申請に対して県知事が同性愛者であることを理由として却下した事件に関して、ヨーロッパ人権裁判所がその却下が条約8条の「私生活の尊重」違反となるという判決(E.B対フランス判決、2008年1月22日)を出して以来、そのような差別はなくなってきている。他方、生殖補助医療に関しては、生命倫理法によって、異性の夫婦にのみその実施が限定されていることから、パックス婚の同性カップルは生殖補助医療により子をもつことは認められていない。

 そのような背景から、今回の同性婚法の制定には、伝統的な「婚姻」概念を重要視する立場からの反対とともに、養子や生殖補助医療を同性カップルに認めることに対する異議申立が激しかった(現在も激しい)。つまり、そのようなカップルで育てられる子どもが、結婚や家族について偏ったイメージをもつのでは、またこどもの性アイデンティティの形成において、男性・女性という性差のモデルを内面化できないのでは、子ども自身が、自分を性(別)化(sexué)−性同一性の形成をすること−ができないのでは、という点が、懸念されている。

 この点に関して、2012年から2013年にかけての同法の国会での審議において、社会学者、歴史学、法学等の専門家からシンポジウム方式での意見聴取が行われた。特に関心を引いたのは、子どもの精神分析医の意見が聴取されたことである。

 フランスは、フランソワーズ・ドルトに代表されるように、子どもの精神分析学が発達していることで有名である。招かれた精神分析専門家は7人。同性婚両親に反対が3人、賛成が4人という構成であった。

(下記のURLからすべての国会での意見聴取をビデオで見ることができる。
http://www.sos-homophobie.org/videos-et-auditions-commission-des-lois-de-lassemblee-nationale

 以下、精神分析医の議論の中から、子どもの性アイデンティティ形成、特に、性差の認識に関する部分を紹介する。というのは、同性両親に育てられた子どもは、男性・女性という性差の認識をもつことに困難があるのでは、という批判が根強いからである。そして、この批判は、ジェンダー概念が問いかける「性差」認識の問題でもあるからである。

 

<同性両親に賛成の精神分析医の意見>

 まず、性差がなくなることへの懸念は歴史的に繰り返されてきているもので、例えば19世紀末、女性が労働を始めたときには女性が男性化するのではと恐れられていた。そして、フロイトは、性アイデンティティは目の前の大人から認識される、という仮説の下、男の子は父親、女の子は母親を見て形成すると考えていた。しかし単親家庭の例からも、この仮説は誤りであることが明らかになっている。そして、現在は、子どもは自らの性アイデンティティを、他者の視線によって形成すると考えられている。女性同士のカップルが男の子を養子に迎えた場合は、その子を「男の子」と見ることが、その子の性アイデンティティの形成に役立つことになる。養子というのは、その子どもに、そうでない子に比べ余分な精神的な負担を負わせるが、大事なことは、その子が家族の物語−現実的にも、また幻想としてのものであっても−を作ることを手助けすることである。肌の色が異なる、あるいは似ていない養子と親の抱える問題と同様である。子どもが、自分のおいたちの物語を自ら話すことができれば、そのために周囲の人間はその子にそれを語ってあげることが重要であるが、問題は解決する。我々すべてが、こうした物語によってアイデンティティを形成しているからである。養子や、生殖補助医療によって誕生した子は、その物語がより複雑にはなるが、しかし離婚や、複合的な再婚家庭でもそれは同じことである。

 

<同性両親に反対の精神分析医の意見>

 子どもは、男性と女性から生まれる。もし「父・母」という言葉を失うなら、この性差は中立化される。こうした両性の存在は消してはならない。子どもは、現実の両親から自己同一化する。象徴や文化では十分ではない。養子に関しては、子どもが、信頼できるフィクションを作り上げることができればうまくいく。つまり、子どもが、自分はこのカップルの子であると言えるということである。しかし、同性婚の親との間では、これは難しい。

 

 こうした議論は、人が、人として生まれることと、性別を認識することの関係は、性アイデンティティ認識のレベルではいまだ自明のことではないということを伝えている。わたしたち自身は、複雑な幼児体験の中で、「性差」をどのように形成したのであろうか。

 議論の最後で精神分析医は、フランスではすでに30年以上前から同性両親と暮らす子が現実に存在し、同性愛嫌悪によって苦しんできたが、今では同性愛嫌悪は禁止された。残るのは「家族」という問題だが、彼らはいわば「開拓者−パイオニア」としての子どもであり、それは1950年代の「混血」の子どもと同じことである、と述べている。

 法は、普遍的な善を実現するものであるが、このような個に対しても、婚姻の自由、家族形成権、性アイデンティティの権利などの解釈によって、個にとって一番大切な家族を保護することもまた求められているのではないだろうか。パイオニアは、一般的には、時間がたてば社会に受け入れられる。その時間が、できるだけ短いことを願っている。