コラム「娘とインド」
カテゴリー:コラム  2014/09/09

東京弁護士会 47期
弁護士 萩谷 麻衣子

この夏、大学1年生の娘がインドに行ってきた。

インド・ムンバイの小学校でボランティアで英語を教えるためで、住居は現地スタッフが準備してくれるという話だった。しかし、真夏だというのに、準備されていた住居にはシャワーがなく、トイレは一応水洗だが紙を流すと詰まってしまうといった状態で、大量の虫もネズミも同居していた。そこで彼女がムンバイに着いてまず最初にやったことは、とりあえずもう少しまともな住居を探して借りる、ということだったらしい。
必死で探した住居は、夜は蚊とアリとネズミにまみれてウクライナ人の女の子2人と2つのベッドをつなげて3人で縮こまって寝なければならないし、トイレに紙を流せないことは変わりなかったが、かろうじて水が出るシャワーはついていた。

ムンバイのスラム

彼女の教える小学校はムンバイのスラムの中にあった。学校への通勤は、ドアの無い満員電車から落ちないように必死にどこかに摑まってゆられるか、乗る時に交渉しても途中どこに行くか分からないリクシャーと呼ばれるバイク版人力車に乗るか、通勤も命がけだったとのこと。
帰国後見せてもらったスラムの写真はまさに映画「スラムドッグミリオネア」で映っていたスラムの光景そのままで、あの映画が現代のインドの実際のスラムを舞台にしていたことを納得させられた。
そのスラムの小学校の生徒達は300?400人いたそうだが、授業の開始時間は決まっておらず、チャイムもなく、だいたい午前11時頃になるとみんな教室に集まってくるので授業を始め、午後2時頃に適当に終わる、ものだったらしい。給食は出るが、お皿が生徒全員分無いので先に食べた子達のお皿を雨水をためたドラム缶にジャボジャボっと浸けて次の子達に回す。生徒達は、どの子も人懐っこくて、解答が全然解らないのにかまって欲しくて我れ先にと「はい!はい!」と手を挙げるそうだ。彼女にとってはこの子達に会えることが3週間のインド生活で一番の楽しみだったとか。

食事は、レストランに行くも、まわりの外国人達が次々と食あたりを起こしていくので、最後はパンにチョコレートを塗って食べるのが最も安全で美味しかったと言っていた。

超ドメスティックな自分は、彼女のような経験をすることは生涯ないだろう。彼女は、インドから帰国後、残り3週間の夏休みをヨーロッパで過ごすと言って、チャチャッとパソコンで安いユースホステルを予約し、さっさと一人でまた旅に出かけてしまった。
彼女の積極性は遺伝子のなせる業ではない。現に、同じ遺伝子・同じ環境で育った高校生の息子は、これまた超ドメスティックで、日本国内はおろか、自分の部屋からもなかなか出てこない。
こんな姉弟を見ていると、クローン技術や生殖技術で思い通りの理想の人間を作り出そうと思っても、そうはうまくいかないんだろうなとしみじみ思ったりする。