相続時精算課税制度について

2011年11月9日
渡部 仁子(税理士)

I 相続時精算課税制度の概要

1 制度の趣旨

(1) 制度の趣旨

 平成15年度の税制改正により、相続時精算課税制度が創設された。この制度は、わが国では高齢化が進んでおり相続による次世代への資産移転の時期が従来より大幅に遅れているため、高齢者世代が保有する資産をより早い時期に次世代に移転させることにより、経済の活性化を資する目的で創設され、受贈者の選択により適用される。

 しかし、この制度は、近年の我が国の経済の悪化により、メリットよりもデメリットの方が多いのではないかといわれている。平成23年11月現在、財務省及び国税庁がホームページで公表している「贈与税の課税状況の推移」によれば、この制度の利用状況は平成19年度がピークで約9万件、それ以後は年々減少しており、平成22年度は5万件でピーク時より約45%も減少している。

(2) 制度のしくみ

 贈与税の課税制度には、「暦年課税」と「相続時精算課税」の2つがあり、一定の要件に該当する場合には、相続時精算課税制度を選択することができる。

1) 暦年課税

 暦年課税は、一人の人が1月1日から12月31日までの1年間に贈与により取得した財産の合計額から基礎控除額110万円を差し引いた残額に対して、贈与税の超過累進課税率を適用して税額を計算する。この場合に財産の合計額が110万円以下の場合には贈与税はかからず、贈与税の申告も不要である。

2) 相続時精算課税

 この制度は、受贈者が贈与時に贈与財産の課税価格が特別控除額を超えた場合に一律20%の贈与税を納税し、その贈与者が亡くなった時にその贈与財産の贈与時の価額と相続財産の価額とを合計した金額を基に計算した相続税額から、既に納めたその贈与税相当額を控除することにより贈与税・相続税を通じた納税を行うものである。

 将来、相続税が発生する可能性があることを見越して、2,500万円以上の贈与については、一律20%の贈与税を払っておくことは相続税の前払いとなるため、滞納する可能性が少なくなると考えられている。

 したがって、相続時精算課税の適用対象者に該当する者が贈与を受けた場合には、贈与税の課税方法は、暦年課税方式と相続時精算課税制度とのいずれかを選択することになる。

2 適用対象者

 贈与者は65歳以上の親、受贈者は贈与者の推定相続人である20歳以上の子(子が亡くなっているときには20歳以上の孫を含む。年齢は贈与の年の1月1日現在のもの)。

 なお、年の中途において贈与者の養子となったことにより推定相続人となった場合には、推定相続人となった時(養子縁組の時)より前に贈与を受けた財産については、相続時精算課税制度の適用はない。しかし、推定相続人となった時以後については、同制度の適用を受けることができる。

 また、養子縁組の時以後の贈与について相続時精算課税制度を選択し、その旨の届出書を提出した場合には、その後に養子縁組が解消され、推定相続人でなくなったとしても、その贈与者からの贈与については、同制度が適用される。

3 適用対象財産等

 贈与財産の種類、金額、贈与回数に制限はない。したがって、その贈与財産は、国内財産に限定されず国外財産も含まれるため、一定の要件に該当し、受贈者が居住無制限納税義務者又は非居住無制限納税義務者であれば、この制度が適用される。

4 制度の選択手続と選択届出書の効力

 相続時精算課税選択届出書の効力は、相続時精算課税選択届出書に係る贈与者(以下、「特定贈与者」という)の相続時まで継続する。したがって、この制度の適用を受ける最初の贈与時に選択届出書を提出すれば、その後のその特定贈与者からのその相続時精算課税選択届出書を提出した受贈者(以下、「相続時精算課税適用者」という)に対する贈与は、すべてこの制度の対象となる。

 この制度を選択しようとする受贈者は、贈与税の申告期間内(贈与を受けた年の翌年3月15日)に一定の書類等を贈与税の申告書に添付して税務署へ提出しなければならない。

 なお、贈与税の申告期間内に「相続時精算課税選択届出書」及び贈与税の申告書の提出がない場合には、この制度の適用を受けることはできない。

 また、この制度は、特定贈与者ごとに適用することとされているので、父親と母親の双方から財産の贈与を受けた場合に、そのいずれについてもこの制度の選択をするときは、それぞれについて別の選択届出書の提出を要する。

 一度この制度を選択するとその届出書を撤回することはできないので、その特定贈与者からのそれ以後の贈与については、暦年課税方式に戻ることはできない。

(参考資料1:「贈与税の相続時精算課税制度と暦年課税方式の比較」を参照)

II 相続時精算課税の選択をした場合における贈与税の計算と申告

1 贈与税額の計算

 相続時精算課税の適用を受ける贈与財産については、その選択をした年以後、相続時精算課税に係る特定贈与者以外の者からの贈与財産と区分して、その特定贈与者ごとに1年間に贈与を受けた財産の価額の合計額を基に贈与税額を計算する。したがって、父母の双方から贈与により財産を取得し、いずれについてもこの制度を選択した場合には、特別控除額は合計で5,000万円が上限となる。

 その贈与税の額は、贈与財産の価額の合計額から、複数年にわたり利用できる特別控除額(限度額2,500万円。ただし、前年以前において、既にこの特別控除額を控除している場合は、残額が限度額となる。)を控除した後の金額に、一律20%の税率を乗じて算出する。なお、相続時精算課税に係る贈与税額を計算する際には、暦年課税の基礎控除額110万円を控除することはできないため、贈与を受けた財産が110万円以下であっても贈与税の申告をしなければならない。

 相続時精算課税を選択した受贈者が、相続時精算課税に係る特定贈与者以外の者から贈与を受けた財産については、その贈与財産の価額の合計額から暦年課税の基礎控除額110万円を控除し、贈与税の税率を適用し贈与税額を計算する。

2 贈与税の申告要件

 相続時精算課税に係る贈与税の特別控除は、贈与税の期限内申告書を提出した場合に限り適用され、期限内申告書を提出しなかった場合の宥恕規定はない。

 また、特定贈与者から贈与を受けた財産の累積額が特別控除額2,500万円を超える場合は、その超える部分の金額に対し20%の税率による課税があるため、申告と納税が必要であり、この制度を選択した場合には、受贈財産価額の多寡にかかわらず、贈与税の申告をしなければならない。

III 相続時精算課税制度における相続税の計算

1 相続税額の計算

 相続時精算課税適用者に係る相続税額は、相続時精算課税に係る特定贈与者が亡くなった時に、それまでに贈与を受けた相続時精算課税の適用を受ける贈与財産の価額と相続や遺贈により取得した財産の価額とを合計した金額を基に計算した相続税額から、既に納めた相続時精算課税に係る贈与税相当額を控除して算出する。

 したがって、特定贈与者の相続時に相続財産を取得しなかった場合でも、精算課税をしなければならない。

 なお、相続財産と合算する贈与財産の価額は、相続時の価額ではなく贈与時の価額とされている。

2 相続時精算課税と相続開始前3年以内の贈与財産の加算

 相続時精算課税適用財産は、贈与の時期にかかわらず、相続により取得したものとみなして相続税の課税価格に加算される。

 一方、暦年課税方式の場合は、相続開始前3年以内の贈与に限って、相続税の課税価格に加算して相続税額の計算をする。その受贈財産について贈与税を納付していた場合は、贈与税額の控除を受けられるが、控除しきれない金額があっても還付はされない。

3 相続時精算課税に係る贈与税額の控除

 相続税の課税価格に加算又は算入された相続時精算課税に係る贈与財産について、課せられた贈与税があるときは、その贈与税額は、その者の相続税額から控除される。

 相続税額から控除しきれなかった相続時精算課税に係る贈与税額がある場合は、その控除しきれなかった税額が還付され、この場合は、納税者において還付を受けるための相続税の申告書を提出することができる。

 なお、還付を受けるための申告書は、相続開始の日の翌日から5年を経過する日まで提出することができる。

IV 相続税の納税に係る権利義務の承継

1 相続時精算課税適用者が特定贈与者より先に死亡した場合

 相続時精算課税適用者が特定贈与者よりも先に死亡した場合は、その相続時精算課税適用者が有していた納税に係る権利又は義務は、その相続人が承継することとなる。

 したがって、特定贈与者の相続時に精算課税を行い、相続時精算課税適用者の相続人が納税をする。

 しかし、相続時精算課税適用者の相続人が、特定贈与者の場合には、その納税に係る権利義務は承継しない。

 なお、相続時精算課税適用者の相続人が特定贈与者のみの場合には、相続時の精算課税は行われない。

2 受贈者が相続時精算課税選択届出書を提出する前に死亡した場合

 贈与により財産を取得した者が相続時精算課税制度の適用を受けることができる場合に、贈与税の申告期限前に「相続時精算課税選択届出書」を提出しないで死亡した場合には、その者の相続人は、その相続開始を知った日の翌日から10か月以内に「相続時精算課税選択届出書」を死亡した受贈者の納税地の所轄税務署長に共同して提出することができる。

 ただし、その届出をした相続人は、被相続人(死亡した受贈者)が有することとなる相続時精算課税の適用を受けることに伴う納税に係る権利義務を承継することになる。

 なお、死亡した受贈者の相続人が2人以上いる場合は、相続時精算課税選択届出書の提出は、これらの者が一の届出書に連署して行う必要があり、相続人のうち1人でもその届出に同意しないときは、相続時精算課税制度の適用を受けることはできない。

 ただし、死亡した受贈者の相続人が贈与をした者のみの場合は、相続時精算課税の適用を受けることに伴う納税に係る権利義務の承継はなく、精算課税は行われない。したがって、この場合は相続時精算課税選択届出書を提出することはできない。

V 相続時精算課税を選択した場合の留意点

1 相続時精算課税制度と相続放棄

 この制度を利用しても相続放棄の権利を失うことはなく、この制度を適用して贈与された財産は、すでに受贈者の財産となっている。したがって、相続税の計算においては、相続放棄をしてもその贈与により取得した財産は、相続により取得したとみなされるので、その適用を受けた財産について、贈与時の価額で相続税の計算をする。

 この制度の適用とその後の相続放棄について、被相続人・特定贈与者が債務超過の場合には、債権者への弁済を意図的に免れる目的で贈与をしたとして、詐害行為取消の対象となることもあるので留意すべきであろう。

2 特定贈与者からの贈与を受けた財産について遺留分減殺請求を受けた場合

 相続税法は、遺留分減殺請求に基づき返還すべき又は弁償すべき額が確定した場合において、それにより財産の返還を受けた者(価額弁償を受けた者を含む。)は、相続税の申告(期限後申告又は修正申告)をすることができることとし、反面、財産を返還した者(価額弁償をした者を含む。)は、既に申告した贈与税について更正の請求をすることができる旨規定している。

 したがって、特定贈与者から贈与を受けた財産について遺留分減殺請求を受け、その返還すべき又は弁償すべき額が確定した場合、既に申告した贈与税については更正の請求により当該財産の価額から一定の算式により求めた価額を控除したところで減額更正することとなる。また、当該特定贈与者の死亡に係る相続税の計算において相続時精算課税適用者の相続税の課税価格に算入される当該財産の価額は、当該減額更正後の価額となる。

3 住宅取得資金の贈与を受ける場合

 住宅取得資金の贈与を受ける場合は、年齢65歳未満の者からの贈与でも、一定の要件に該当する場合には相続時精算課税制度が選択できる。この場合の非課税枠は平成23年1月1日から同年12月31日までは一般の相続時精算課税の特別控除額に1,000万円を加算した金額(合計3,500万円)で、この住宅取得資金の贈与の非課税枠の特例を受けた金額(1,000万円)は、相続財産に加算されない。

4 不動産の負担付贈与と相続時精算課税制度

 負担付贈与とは、受贈者に一定の債務を負担させることを条件とした財産の贈与をいう。相続税法における贈与税の課税対象となるものは、現金預金や不動産のみならず、低額譲受・債務免除による経済的利益を受けた場合や負担付贈与も対象となり、相続時精算課税制度の対象となる。

 負担付贈与による贈与時の価額は、通常の取引価額に相当する金額、すなわち、時価である。この時価相当額から負担額を控除し、その控除後の金額から特別控除を控除して贈与税を計算する。

VI 経営承継円滑化法の民法特例の概要

 中小企業の事業承継を取りまく現状は、経営者の高齢化や後継者確保が困難であり、事業自体の継続は可能であるにもかかわらず、後継者不在による廃業が多い。そこで、中小企業の事業承継の拡充として、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」が平成20年5月に成立し、同年10月1日に施行された。この法律に基づく事業承継税制については、「取引相場のない株式等に係る相続税の納税猶予制度」が創設され、さらに、平成21年度の税制改正により、「取引相場のない株式等に係る贈与税の納税猶予制度」が創設された。

1 概要

 円滑化法は、民法の特例及び贈与税の納税猶予制度により、1) 事業後継者が会社支配に必要な株式等の承継を容易にし(生前対策)、2) 経営者の死亡によって生じる一時的な事業不振や相続税負担について金融支援をおこない(相続時)、3) 相続税については納税猶予制度(生前対策相続開始後)を設けている。

 この法律に基づき、3年以上継続して事業を行っている中小企業者の経営者が、次の1)~3)を満たすことで遺留分に関する民法の特例が可能となる。

1) 遺留分権利者全員の合意
2) 経済産業大臣の確認
3) 家庭裁判所の許可

 被相続人の財産が事業用資産である場合には、事業承継者である相続人がこれらの資産を相続することが事業承継の観点からは望ましいが、遺留分減殺請求により事業を引き継がない相続人にこれらの財産が相続される可能性がある。このような問題に対応し、被相続人の事業を円滑に事業承継者である相続人に承継できるように民法の特例が創設された。

2 非上場株式等に係る納税猶予制度の特例

(1) 非上場株式等についての相続税の納税猶予の特例

 後継者である相続人等が、相続等により、経済産業大臣の認定を受ける非上場会社の株式等を被相続人(先代経営者)から取得し、その会社を経営していく場合には、その後継者が納付すべき相続税のうち、その株式等(一部の部分に限る。)に係る課税価格の80%に対応する相続税の納税が猶予される。

(2) 非上場株式等についての贈与税の納税猶予の特例

 後継者である受贈者が、贈与により、経済産業大臣の認定を受ける非上場会社の株式等を親族(先代経営者)から全部又は一定以上取得し、その会社を経営していく場合には、その後継者が納付すべき贈与税のうち、その株式等(一定の部分に限る。)に対応する贈与税の全額の納税が猶予される。

3 遺留分の特例

 この円滑化法における遺留分に関する特例には、次の2つがあり、特例の適用を受けるためには、いずれか一つの合意をすることが必要である。これらの合意には推定相続人全員の合意と書面を作成することが必要である。

(1) 除外合意

 除外合意とは、後継者が旧代表者から贈与等により取得した特例中小企業者の株式等の全部又は一部の価額を、遺留分を算定するための財産の価額に算入しないことをいう。この合意を行えば贈与等を受けた特例中小企業者の株式等については遺留分算定基礎財産に算入されず、遺留分減殺請求の対象にもならない。

(2) 固定合意

 固定合意とは、上記贈与等を受けた株式等の全部又は一部について、遺留分算定基礎財産に算入する価額を当該合意の時における価額とすることをいう。この価額は税理士又は税理士法人等が、その時における相当な価額として証明をしたものに限られている。この合意により株式等の遺留分算定基礎財産に算入される価額が固定されるので、旧代表者の相続開始時までに株式等の価額が上昇しても非後継者の遺留分の額が増加することはない。